2014年7月9日水曜日

世界史上で起こった反乱について述べた次の文章を読み,下の問いに答え

(世界史A 平成24年度(2013年))
世界史上で起こった反乱について述べた次の文章を読み,下の問いに答えよ。

12世紀以降,ネーデルラントでは都市部を中心として,在地の支配者たちによる政治的介入から自治を守るために,民衆反乱が繰り返されていた。(4)<u>14世紀から15世紀にかけて</u>,ネーデルラントの諸地域がブルゴーニュ公の統一的支配圏に組み込まれた後も,君主の中央集権政策に対する(5)<u>蜂起(ほうき)</u>は頻発し,時には徹底した都市の破壊など,厳しい処罰が科されることもあった。16世紀には,公を継いだ(6)<u>ハプスブルク家</u>の統治において,(7)<u>宗教的対立からネーデルラントの反乱が生じる</u>が,その持続的かつ大規模な展開は,やはりそれまでの長期にわたる伝統を抜きにしてはあり得なかったのである。

問 下線部(5)に関連して,歴史上のクーデタや革命について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを,下の(1)〜(4)のうちから一つ選べ。
a. ロベスピエールは,ブリュメール18日のクーデタで処刑された。
b. チャールズ1世は,名誉革命により処刑された。

1 a — 正  b — 正
2 a — 正  b — 誤
3 a — 誤  b — 正
4 a — 誤  b — 誤

答え
http://flily.me/exam/?id=8038a770c6dc755a66f8194790a26d06f3

世界史上の政治体制について述べた次の文章を読み,下の問いに答えよ。

(世界史A 平成24年度(2013年))
世界史上の政治体制について述べた次の文章を読み,下の問いに答えよ。

19世紀半ば以降,近代化を目指すイランの改革主義者たちは,憲法こそが国家の発展の基礎であると考えるようになった。(4)<u>日露戦争</u>も,(5)<u>東洋の立憲制国家</u>(日本)が西洋の専制国家(ロシア)に対して勝利したと解釈され,彼らの主張を強める契機となったのである。立憲革命によって,1906〜07年には近代的憲法が制定されたが,その際に問題となったのが,(6)<u>イスラーム法</u>との関係であった。結局,イスラーム法学者の一部の主張により,議会の法案を拒否できる法学者評議会の設置が憲法附則に盛り込まれた。近代化政策の下,実際にはこの評議会は設置されなかったが,(7)<u>1979年のイラン革命</u>後,法学者による監督者評議会が,新憲法の下で設けられることとなった。

問 下線部(4)の戦争に関連する出来事について述べた文として正しいものを,次の(1)〜(4)のうちから一つ選べ。

1 この戦争の結果,ロシアは大連を獲得した。
2 この戦争の結果,日本は台湾を獲得した。
3 この戦争の後,ロシアはイギリスと協商を結んだ。
4 この戦争の前に,日本はフランスと同盟を結んだ。

答え
http://flily.me/exam/?id=3898d8ff15d5d2f0f87889c95566967cf9

歴史上の交易と交通・輸送について述べた次の文章を読み,下の問いに答え

(世界史A 平成24年度(2013年))
歴史上の交易と交通・輸送について述べた次の文章を読み,下の問いに答えよ。

ユーラシア大陸各地域で個々に形成された文化圏は,陸上及び海上交易路を通じ,しだいに結びつきを強めていった。陸上では,「オアシスの道」「草原の道」などのルートが存在し,ソグド商人などが交易活動に従事していた。海上では,8世紀前半までに,ペルシア湾からインド,(1)<u>東南アジア</u>,中国南部沿岸部を結ぶネットワークが形成されていた。8世紀半ばのアッバース朝の出現により,(2)<u>海上交易活動</u>は更に活発となった。10世紀半ば以降,中国商人は海上ルートを使って東南アジアに盛んに進出し,この地で(3)<u>ムスリム商人</u>と交易を行うようになった。13世紀における(4)<u>モンゴル帝国</u>の成立は,ユーラシア陸上と海上の交易路を結びつけることとなり,東西交流は一層活発となっていった。

問 下線部(1)の地域の歴史や文化について述べた文として最も適当なものを,次の(1)〜(4)のうちから一つ選べ。

1 ビルマ(ミャンマー)に,スコータイ朝が成立した。
2 シャイレーンドラ朝では,主としてイスラーム教が信仰された。
3 シュリーヴィジャヤ王国は,海上交易で栄えた。
4 アンコール=ワットには,イスラーム文化の影響が見られる。

答え
http://flily.me/exam/?id=6534611b32b50241a59168e7ec36e03572

世界史上の政治体制について述べた次の文章を読み,下の問いに答えよ。

(世界史A 平成24年度(2013年))
世界史上の政治体制について述べた次の文章を読み,下の問いに答えよ。

19世紀半ば以降,近代化を目指すイランの改革主義者たちは,憲法こそが国家の発展の基礎であると考えるようになった。(4)<u>日露戦争</u>も,(5)<u>東洋の立憲制国家</u>(日本)が西洋の専制国家(ロシア)に対して勝利したと解釈され,彼らの主張を強める契機となったのである。立憲革命によって,1906〜07年には近代的憲法が制定されたが,その際に問題となったのが,(6)<u>イスラーム法</u>との関係であった。結局,イスラーム法学者の一部の主張により,議会の法案を拒否できる法学者評議会の設置が憲法附則に盛り込まれた。近代化政策の下,実際にはこの評議会は設置されなかったが,(7)<u>1979年のイラン革命</u>後,法学者による監督者評議会が,新憲法の下で設けられることとなった。

問 下線部(6)に関連して,イスラーム教とイスラーム文化について述べた文として誤っているものを,次の(1)〜(4)のうちから一つ選べ。

1 スンナ派は,イスラーム教の多数派である。
2 イスラーム教徒(ムスリム)の共同体は,ウンマと呼ばれる。
3 『ラーマーヤナ』は,近代的なイスラーム文学である。
4 信仰告白は,イスラーム教の五行の一つである。

答え
http://flily.me/exam/?id=616098a4b852b6c65392bf3681ea3542e0

歴史上の交易と交通・輸送について述べた次の文章を読み,下の問いに答え

(世界史A 平成24年度(2013年))
歴史上の交易と交通・輸送について述べた次の文章を読み,下の問いに答えよ。

ユーラシア大陸各地域で個々に形成された文化圏は,陸上及び海上交易路を通じ,しだいに結びつきを強めていった。陸上では,「オアシスの道」「草原の道」などのルートが存在し,ソグド商人などが交易活動に従事していた。海上では,8世紀前半までに,ペルシア湾からインド,(1)<u>東南アジア</u>,中国南部沿岸部を結ぶネットワークが形成されていた。8世紀半ばのアッバース朝の出現により,(2)<u>海上交易活動</u>は更に活発となった。10世紀半ば以降,中国商人は海上ルートを使って東南アジアに盛んに進出し,この地で(3)<u>ムスリム商人</u>と交易を行うようになった。13世紀における(4)<u>モンゴル帝国</u>の成立は,ユーラシア陸上と海上の交易路を結びつけることとなり,東西交流は一層活発となっていった。

問 下線部(1)の地域の歴史や文化について述べた文として最も適当なものを,次の(1)〜(4)のうちから一つ選べ。

1 ビルマ(ミャンマー)に,スコータイ朝が成立した。
2 シャイレーンドラ朝では,主としてイスラーム教が信仰された。
3 シュリーヴィジャヤ王国は,海上交易で栄えた。
4 アンコール=ワットには,イスラーム文化の影響が見られる。

答え
http://flily.me/exam/?id=6534611b32b50241a59168e7ec36e03572

世界史上の政治体制について述べた次の文章を読み,下の問いに答えよ。

(世界史A 平成24年度(2013年))
世界史上の政治体制について述べた次の文章を読み,下の問いに答えよ。

19世紀半ば以降,近代化を目指すイランの改革主義者たちは,憲法こそが国家の発展の基礎であると考えるようになった。(4)<u>日露戦争</u>も,(5)<u>東洋の立憲制国家</u>(日本)が西洋の専制国家(ロシア)に対して勝利したと解釈され,彼らの主張を強める契機となったのである。立憲革命によって,1906〜07年には近代的憲法が制定されたが,その際に問題となったのが,(6)<u>イスラーム法</u>との関係であった。結局,イスラーム法学者の一部の主張により,議会の法案を拒否できる法学者評議会の設置が憲法附則に盛り込まれた。近代化政策の下,実際にはこの評議会は設置されなかったが,(7)<u>1979年のイラン革命</u>後,法学者による監督者評議会が,新憲法の下で設けられることとなった。

問 下線部(4)の戦争に関連する出来事について述べた文として正しいものを,次の(1)〜(4)のうちから一つ選べ。

1 この戦争の結果,ロシアは大連を獲得した。
2 この戦争の結果,日本は台湾を獲得した。
3 この戦争の後,ロシアはイギリスと協商を結んだ。
4 この戦争の前に,日本はフランスと同盟を結んだ。

答え
http://flily.me/exam/?id=3898d8ff15d5d2f0f87889c95566967cf9

世界史上で起こった反乱について述べた次の文章を読み,下の問いに答え

(世界史A 平成24年度(2013年))
世界史上で起こった反乱について述べた次の文章を読み,下の問いに答えよ。

7世紀に建国された(1)<u>唐</u>の支配体制は,755年に勃発(ぼっぱつ)した【ア】により,大きく動揺することになる。この反乱はウイグルの援助などもあって平定されるが,国力は衰退した。唐は塩の専売などの財政政策により体制の立て直しを図ったが,(2)<u>9世紀</u>後半に起こった黄巣の乱によって壊滅的な打撃を受け,その後,節度使の朱全忠によって滅ぼされた。(3)<u>唐の滅亡は東アジア世界全体に大きな影響を与え</u>,周辺諸国の興亡や自立を促すこととなった。

問 下線部(3)に関連して,唐の滅亡後に東アジア世界で起こった出来事について述べた文として正しいものを,次の(1)〜(4)のうちから一つ選べ。

1 契丹族が,遼を建国した。
2 新羅が,朝鮮半島を統一した。
3 雲南で,南詔が建国された。
4 日本が,遣隋使を派遣した。

答え
http://flily.me/exam/?id=81e12e84370b56d3c22182269149ef0907